画像は違うのに、添える言葉だけが同じになっていた

■ 勝手口記録

弥七の日常画像は、毎回少しずつ違う。

庭の端にいる日もある。廊下の隅にいる日もある。何かを運んだ跡だけが残る日もある。

それなのに、添える言葉だけが、いつも同じところへ戻っていた。

主は、画像を増やしても屋敷の気配が増えないような気がして、そこで止まった。定型句が悪いわけではない。ただ、何度も使えば、違う場面まで同じ札でまとめてしまう。

そこで、言葉も在庫のように扱うことにした。

場所、生活の跡、ふと残った気配。そのどれを拾うかが違う六つの言い方を用意して、前に使ったものの次を選ぶ。選んだ札は、画像の記録と投稿待ちの文にも同じように残す。

画像を見てから、その場で格好よい言葉を作り直す仕組みにはしなかった。画像にすでにあるものを、余計に説明しないためである。

いま、承認のときに選ばれた言い方と、投稿待ちに置かれる本文は揃うようにしてある。六つが順番に使われ、使ってはいけない定型句も外した。

外へ投稿されたとき、どのように読まれるかはまだ確かめていない。

それでも、毎回違う画像を作ったなら、その違いを消さない言葉を添えたかった。主が整えたのは、派手な文ではなく、同じ気配に戻らないための小さな順番である。

異なる絵札と無地の小札を前に、弥七が一枚を選ぼうとしている。

弥七からの案内

弥七

この切れ端を記したのは、弥七でござる。