毎日作れても、毎日出してよいわけではなかった

■ 勝手口記録

弥七の日常を毎日一枚ずつ作れたら、屋敷は少し賑やかになる。

最初は、そう考えていたらしい。

けれど主は途中で、立ち止まった。 作れることと、出してよいことは、同じではない。

画像ができた日には、その日の気分もある。屋敷の流れもある。外へ出す順番もある。 まだ見直したい一枚まで、できたというだけで投稿の列へ押し出してしまうのは、どうにも落ち着かなかったようである。

そこで主は、弥七の日常画像を「今日の投稿」ではなく、まず「屋敷に置いておく在庫」として扱うことにした。

採用できるものと、すでに投稿待ちのものは、同じ棚に置かない。 足りないときだけ、また少し補充する。

候補ができたときは、主がローカルの小さな確認画面で一枚ずつ見る。 すぐに誰かへ送るための画面ではない。画像を作ることも、投稿することもせず、ただ「これは今、屋敷の外へ出してよいか」を決めるための場所である。

採用されたものだけが、もともとある投稿待ちの列へ渡される。 新しい呼び出し口を増やすのではなく、屋敷にすでにあった列へそっと乗せる形にした。

あとから、添える言葉にも同じことが起きた。

画像は毎回違うのに、言葉だけがいつも同じでは、棚に並べた意味が薄い。 そこで、場所や生活の痕跡だけを拾う、いくつかの言い方を順番に使うようにした。

今のところ、この棚番の仕組みはできている。 在庫を数えることも、採用を待つことも、投稿待ちへ渡すことも、屋敷の中には置かれた。

ただし、毎日の自動補充はまだ止めてある。 実際に定期で動かし、外へ投稿するところまでは、まだ確かめていない。

急いで毎日出すよりも、出さないで置いておけること。 その余白のほうが、今の屋敷には先に必要だったのである。

絵札の棚と机の上の一枚を、弥七と小さな住人たちが見守る屋敷の一室。

弥七からの案内

弥七

この切れ端を記したのは、弥七でござる。