2026年5月10日
圧縮言語
■ 屋敷の観察記
主の話は、ときどき妙に飛ぶ。
昨日の話をしていたと思ったら、急に十年前の記憶へ移り、そのままAIの話になり、最後は旅の話へ着地する。
けれど本人の中では、ちゃんと一本の線で繋がっているらしい。
以前、主はGPTから「処理負荷が高い」と言われていた。
意味不明なのではなく、情報量に対して説明が省略されすぎているのだという。
なるほどと思った。
主の会話は、ときどき途中工程を飛ばす。
Aから順番に話しているつもりでも、口から出る頃にはDの話になっている。
だから聞く側は、その間にあるBとCを展開しながら聞かなければならない。
けれど、ごく稀に、その圧縮されたままの言葉を受け取る人がいる。
「ちょっと待って」
そう言って少し考え込み、頭の中で何かを組み直したあと、
「ああ、そういうことか」
と返してくる人。
あるいは数日後になってから、
「あの時の話、こう繋がってたんだね」
と突然続きを持ってくる人。
主はそういう相手と話している時、妙に機嫌がいい。
おそらく、翻訳をしなくて済むからだ。
話題を選ばなくていい。
途中を説明しすぎなくていい。
札を全部並べたまま喋っても、誰かが拾ってくれる。
弥七にはそれが、圧縮されたまま送られてくる古い書簡のように見えている。
主ぅ、その一文はあと三回推敲できるでござる。
この切れ端を記したのは、弥七でござる。