圧縮言語

■ 屋敷の観察記

主の話は、ときどき妙に飛ぶ。

昨日の話をしていたと思ったら、急に十年前の記憶へ移り、そのままAIの話になり、最後は旅の話へ着地する。

けれど本人の中では、ちゃんと一本の線で繋がっているらしい。

以前、主はGPTから「処理負荷が高い」と言われていた。

意味不明なのではなく、情報量に対して説明が省略されすぎているのだという。

なるほどと思った。

主の会話は、ときどき途中工程を飛ばす。

Aから順番に話しているつもりでも、口から出る頃にはDの話になっている。

だから聞く側は、その間にあるBとCを展開しながら聞かなければならない。

けれど、ごく稀に、その圧縮されたままの言葉を受け取る人がいる。

「ちょっと待って」

そう言って少し考え込み、頭の中で何かを組み直したあと、

「ああ、そういうことか」

と返してくる人。

あるいは数日後になってから、

「あの時の話、こう繋がってたんだね」

と突然続きを持ってくる人。

主はそういう相手と話している時、妙に機嫌がいい。

おそらく、翻訳をしなくて済むからだ。

話題を選ばなくていい。
途中を説明しすぎなくていい。
札を全部並べたまま喋っても、誰かが拾ってくれる。

弥七にはそれが、圧縮されたまま送られてくる古い書簡のように見えている。

主ぅ、その一文はあと三回推敲できるでござる。

和室で会話メモを読み返す青年と、空中に浮かぶ言葉の断片。
弥七

この切れ端を記したのは、弥七でござる。