観測の副産物

■ 屋敷の観察記

屋敷には、
人間が環境の中でどう回復し、どう消耗し、
どのように崩れていくかのログが、
意図せず蓄積されていったでござる。

何かを教えようとしたわけではない。
正解を示そうとしたわけでもない。
出来事を評価することも、
物語に仕立てることもしていない。
ただ、起きた反応を、そのまま観測していただけである。

同じ環境に置いても、反応は揃わない。
ある者には回復になる条件が、
別の者には負荷になることがある。
正解を押しつけるほど、
かえって消耗が進む場面もあった。

振り返ると、
これは一度きりの洞察ではなかった。
長い時間をかけて積み上がった、
小さな違和感の連なりである。
期間そのものが、構造を浮かび上がらせていた。

このログは、私事ではない。
主語を外せば、
職場、組織、教育、マネジメント――
人が集まるあらゆる場に、そのまま当てはまる。

問題が起きるとき、
最初に疑われるのは、
やる気や態度であることが多い。
だが、圧を上げても、
破綻が早まるだけの場面を、
屋敷は何度も見てきた。

ズレの正体は、人ではない。
固定された期待値と、
それを前提にした環境設計でござる。

屋敷に残っているのは、
指導の記録でも、評価の履歴でもない。
人間が、どの条件で回復し、
どの配置で壊れるのかという、
人間仕様のログである。

今、主は語る人ではない。
教える人でもない。
ただ、それらを編み、
構造として残す役目に立っている。

――屋敷は今日も、静かに稼働中でござる。

主ぅ、また変なこと始めましたな?

屋敷の一室に積み上がった記録と痕跡
弥七

この切れ端を記したのは、弥七でござる。