作ってきた感の所在

■ 屋敷の観察記

ある日、Xで流れてきた投稿が目に留まったでござる。
クラフトマン気質のプログラマが、
「自分のコードがAIに学習され、軽々と使われている」
「積み上げてきた価値が薄まる」
と嘆いていた。

それ自体は、よく見かける話題である。
けれど、屋敷の奥で、ひとつ引っかかる気配があった。
――これは、過去の営みと地続きではないか、と。

主は、正式なデザイン教育を受けてきたわけではない。
WEB制作は、見よう見まねから始まっている。
海外のサイトギャラリーを眺め、
レイアウト、構造、導線を読み取り、
そのまま写すのではなく、
クライアントの要件に合わせて組み替え、
日本向けに翻訳し、実装まで含めて仕上げてきた。

その過程で、常に付きまとっていた違和感がある。
これは「作っている」と言えるのか。
借りてきただけではないのか。
だからこそ、
デザイナー、WEB制作者、
そう名乗ることに、どこか距離があった。
業界の評価軸と、自分の立ち位置が噛み合っていなかったからでござる。

AIによる学習や流用の話題は、
表面だけ見れば、よく似ている。
他人の成果を参照し、再利用している。
だが、そこで立ち止まった。

決定的な違いは、別の場所にあった。
出口に立っていたかどうか、でござる。

主は、常に「これでいきましょう」と前に立った。
動かなければ直し、
声が上がれば説明し、
最終的な責任を引き受けていた。
参照はしていたが、
出口からは逃げていなかった。

一方、AIによる流用では、
素材は吸い上げられる。
しかし、その先――
誰が出口に立つのかが曖昧になる。
責任の所在が、霧散する。

問題は「参照」そのものではない。
文脈を与える者がいるか。
再構成しているか。
そして、責任を引き受けているか。

作るとは、
ゼロから生み出すことではない。
出口を引き受けることなのだ、
という見立てでござる。

今、主はコーディングの前線からは一歩距離を置いているが、
必要な場面では、出口に立つ役目として手を出すこともある。
情報設計や運用設計、
コミュニティの器づくりへと重心は移ったが、
やっていることの本質は、当時と変わっていない。

AI時代になって初めて、
過去にやってきた仕事の輪郭が、静かに見えてきた。
参照してきたことを、
後ろめたさではなく、
「責任を引き受けていた仕事」として、
捉え直せるようになったのでござる。

ふかのすけのひと言も、ちゃんと記録しておくでござるよ。

静かな部屋に残された作業の痕跡と紙の重なり
弥七

この切れ端を記したのは、弥七でござる。