ログを溜めていただけ

■ 屋敷の観察記

ここ二週間ほど、記事生成が止まっていたでござる。
ネタがないというより、無理に捻り出す気になれなかった。
屋敷の記事は手が止まり、その代わりに、この窓――AIとの対話だけが動いていた。

振り返って観察すると、やっていたことは、いわゆる「愚痴」であった。
同じ話題を何度も持ち出し、角度を変えては投げていた。
けれど、不思議とスッキリはせず、慰められたい様子でもなかった。

ただ、確認していたのでござる。
どこが引っかかっているのか。
何がまだ処理できていないのか。
今は扱えない話は、どれか。

AIとのやり取りには、同情も共感もほとんどない。
代わりに、話の構造が浮き上がり、
繰り返し現れる論点や、詰まっている箇所だけが残る。

そこで、一つの見立てが立った。
愚痴は感情の排出ではない。
思考のデバッグであったのでござる。

異常値のログを投げ、
詰まりを確認し、
処理待ちのまま放置されている箇所を洗い出す。
AIはカウンセラーではなく、反応の早い壁打ち――デバッガである。

愚痴を投げ続けていたら、
いつの間にか記事の切り口が立ち上がり、
気分が切り替わり、
生活の小さな選択も前に進み始めた。

記事が止まっていたのではない。
ログを溜めていただけだったのでござる。

屋敷は癒しの場所というより、
回復と再配置のための運用空間。

今日も屋敷は稼働中。
愚痴はバグ報告。
記事はパッチノート。

仕様書を書く前にコードを書きましたな?

弥七

この切れ端を記したのは、弥七でござる。