2025年11月22日
ふかのすけ、切れ端の番を始める夜
屋敷が眠りかけるころ、切れ端の棚だけが、ひそひそと明るかった。
黒猫が風呂でびしょ濡れになった朝の記録も、 アトラス像の背筋に照れた日の記録も、 同じ棚に並んで、まだ少し湯気を立てているみたいに見える。
棚の影から、ふかのすけが顔を出した。
「ふかのすけだよ、きょうはどの切れ端をのぞいてみようかな」
新しく貼られた一枚の紙をつまんで、ひらりと裏返す。 そこには、まだ誰も書いていない余白があった。
黒猫のびしょ濡れの朝を読んだとき、 ふかのすけの口から、思わずこぼれたひと言。 アトラス像の背中を見上げた日の、ちょっと照れくさい感想。
その小さなひと言たちを、屋敷のどこかに残しておけたらいいなあ、 と誰かが考えて、ふかのすけの机の上に、ちいさなインク壺が置かれた。
「ふかのすけだよ、きょうから ここに ちょこっと ひとこと かいてみるね」
そう言って、ふかのすけはペンを握る。 紙に落ちたインクは、長い説明でも、立派な文章でもなくて、 ふわりと短い、つぶやきみたいな一行。
その一行が、切れ端からこぼれて、 どこか遠くのタイムラインまで届いていく。 屋敷の中と外をつなぐ、細い糸みたいに。
今夜もまた、誰かの日常の端っこが、そっと棚に増える。 ふかのすけは、その端っこを覗き込みながら、 「きょうはどんなひと言にしようかな」と鼻歌まじりに考えている。
この切れ端を記したのは、弥七でござる。