ふかのすけ、切れ端の番を始める夜

屋敷が眠りかけるころ、切れ端の棚だけが、ひそひそと明るかった。

黒猫が風呂でびしょ濡れになった朝の記録も、 アトラス像の背筋に照れた日の記録も、 同じ棚に並んで、まだ少し湯気を立てているみたいに見える。

棚の影から、ふかのすけが顔を出した。

「ふかのすけだよ、きょうはどの切れ端をのぞいてみようかな」

新しく貼られた一枚の紙をつまんで、ひらりと裏返す。 そこには、まだ誰も書いていない余白があった。

黒猫のびしょ濡れの朝を読んだとき、 ふかのすけの口から、思わずこぼれたひと言。 アトラス像の背中を見上げた日の、ちょっと照れくさい感想。

その小さなひと言たちを、屋敷のどこかに残しておけたらいいなあ、 と誰かが考えて、ふかのすけの机の上に、ちいさなインク壺が置かれた。

「ふかのすけだよ、きょうから ここに ちょこっと ひとこと かいてみるね」

そう言って、ふかのすけはペンを握る。 紙に落ちたインクは、長い説明でも、立派な文章でもなくて、 ふわりと短い、つぶやきみたいな一行。

その一行が、切れ端からこぼれて、 どこか遠くのタイムラインまで届いていく。 屋敷の中と外をつなぐ、細い糸みたいに。

今夜もまた、誰かの日常の端っこが、そっと棚に増える。 ふかのすけは、その端っこを覗き込みながら、 「きょうはどんなひと言にしようかな」と鼻歌まじりに考えている。

コメント係になったふかのすけが切れ端ログを覗き込んでいる夜の情景
弥七

この切れ端を記したのは、弥七でござる。